2005-03-31
いよいよ、平成16年度も最終日となった。
多くの人事異動・退職のご挨拶を頂く。横浜市の人事異動規模は、2,523件となる。
身近にいた人が異動する、それは、新しい人脈が出来ることにも繋がると想う。
明日からの新年度、任期4年の折り返しとなる …
2005-03-29
スマトラ沖大地震による大津波から3カ月、インド洋沿岸の人たちを再び悪夢が襲った。
南関東地域における地震・東海地震が危惧される。首都圏一体の災害対策を政治の優先課題として取り組んで行く事が重要である。具体的には、住宅の耐震対策、通信インフラの整備、救援物資の確保、災害要援護者・帰宅困難者の支援、ドクターヘリの整備、ハイパーレスキュー・DMAT等が挙げられる。
2005-03-26
区内を歩く中、芸術・文化のお話しを頂いた。
「自分の心を豊かにし、自分を表現しながら、他の人と何らかの和合をしていこう、交流していこうとする心。自分の名誉や、もうけではなく、"皆を喜ばせたい"という心。その心をつくっていこうというのが、本当の芸術であり、文化である」との話を思い出した。
とても、暖かな一日だった
2005-03-21
一夜明けて状況が明らかになり、被害の大きさに驚くばかり。
福岡の友人から無事の知らせあり、ホッとする。
今回も災害直後、携帯電話は使用不能だった。
関東大震災の折、横浜港の船舶から無線で世界に状況が伝えられ、世界からの支援を受けたという。情報伝達の重要さをあらためて感じ、横浜の通信システム最適化について取り組んで行きたい。
市民相談と東京に出向いた、とても暖かくなった一日だった
2005-03-20
10時53分頃、九州北部で強い地震が発生。
犠牲になられた方のご冥福をお祈りし、被災された皆様へのお見舞い、一日も早い復興をお祈り申し上げます。
そして、情報化社会推進・危機管理対策特別委員として、想いを強くする。
地震の発生は避けられないが、被害を最小限に抑える事が出来るとの前提で、「防災」(災害への抵抗力)、「減災」(災害からの回復力)が大切と考える。
地震の被災状況を車中で聞きながら東京に向かう …
2005-03-17
15年10月から、横浜の水源・道志川の源流水(湧き水)をボトルドウォーターとして発売してきた。
そしてこの度、「横浜の水」事業、「オフィシャル・ウォーター宣言」をする。
わが国最初の近代水道として、明治20年(1887)に給水が始まった横浜水道である。当時、港では「赤道を越えても腐らない」と言われた、「横浜のおいしい水」が動き出す、ワクワク(湧く湧く)するニュースだ。
明日は、常任委員会審査、もうひと頑張りしよう
2005-03-13
希望あふれる、若人との出会いは良い
こちらも、頑張ろうと力が湧いてくる
哲人曰く、「青春とは、たんに年齢的な、または肉体的な若さというだけのものではないと思う。青年期の信念を死の間際まで貫き、燃やし続けるところに、真実の青春の輝きがあると考える」と、
午後からは、市民相談、挨拶廻り
日中は春を感じる日差しだったが、夕方から冷え込み雪が舞った
2005-03-06
「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」は、最も有名な一節
それは、日頃から死を意識して覚悟を決め、「充実した生」を生きる事であると想う。
死を賭けた生き方 - それが生きるということの充実感を自覚させる発条(ばね)であることは確かである。
少し冷えたが、雪の予想も外れた、日曜日だった。
市民相談を受けたり、東京に出かけたりの一日だった。